東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode94】6歳9ヶ月 恐怖の共食い

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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私の母方の家系は農耕民族。祖母(祖父は私が産まれる前に亡くなった)の代までは、田んぼで稲を育て、牛、ニワトリも飼育していたんだけど、母の弟(私の叔父)に代替わりしてからは、田んぼを少しずつ売却、牛やニワトリもいつの間にかいなくなり、飼育小屋の跡にはでっかい御殿を建ててしまった。母の弟が亡くなると、ついにはわずかに残っていた田んぼも全部売却してしまったのよね。幼少期に母の実家に行くと、稲架掛けから脱穀・籾すり作業を手伝うこともあったんだけど、田植えだけはしたことがなかった。母は「田植えはホント嫌。腰が痛くなるんだから」と常々グチをこぼしていたけど、叔父の代になってからは、さすがに田植え機を使っていたので、私はその田植え機に乗りたくて仕方がなかっただけなんだけどな。たまたま息子のクラスで稲刈り体験をした時に、忘れていた私の田植え願望を思い出し、“せっかくなら田植えから稲刈りまで体験させたいな”、と探したところ、6月に田植え、7月に草刈り、10月に稲刈り、12月には餅つき・注連飾り作りと通しでやってくれるという、ぴったりのイベントを発見。「コレは良い!」と早速申し込み。農耕民族のDNAを持つ息子も私もやる気満々。田植え作業が始まると息子は私よりも先に田んぼの中に入っていって、足を取られながらもバランスをとり、私を置いてさっさと先に歩いて行っちゃった。私も慌てて裸足になって何も考えずに田んぼの中に飛び込んだけど、これがなんとも言えず気持ち悪かった。今まで味わったことのない感触を私の膝から下に感じてしまった。想像力豊かな私は、今私の足は何を踏んだんだろう?”“虫とか、もしかするとザリガニなんかも踏んだりしているかもしれない!なんて考えてしまったものだから、もう大変。鳥肌は立つし、膝から下がムズムズしてくるし。このなんとも言えない膝下の感触は、今でも覚えていて、完全にトラウマ化してしまっている。やっぱり私は小林旭の“赤いトラクター”を歌いながら田植え機で田植えがしたかったし、バケツ稲くらいがちょうど良かったかも。

この時の田植えは昔ながらの方法。田んぼにロープを渡し、ロープについた目印に合わせて人が並んで、田んぼの両端でロープを持った人が少しずつ前に動かしていく。田んぼに横一列に並んだ参加者はロープに付いている目印のテープに合わせて苗を植えていくというもの。こうすることで、ほぼ等間隔で一直線の苗を植えることができる。よく考えたものだ。なかなか大変な作業で、炎天下の中ずっと腰を屈めての作業は1時間半に及び、大人でも大変なのに、息子を始め参加している子供達は最後までちゃんと任務遂行。田植え開始直後はおしゃべりをしながら楽しんでいた参加者も、終了間近になると無言の作業となり、私の母の「田植えはホント嫌。腰が痛くなるんだから」を現実に体験することになるなんて夢にも思わなかった。作業の合間に振る舞われたカレーライスと筍の煮物がとっても美味しくて、「お米もカレーに入っている野菜も筍も全部ここで採れたとよ」と農家の奥様から言われたので、“こんなところに住んで、自給自足の生活も悪くないかも?”とちょっぴり心が揺れたものの、幼い時に自然を相手にする農耕民族の大変さを垣間見ていたので、“雰囲気を味わうだけで良い良い。食べ物は粗末にせず、感謝の心でいただきます”と現実の世界に直ぐに引き戻ってしまった。

イベント終了後は息子が「オタマジャクシを取って帰りたい」と言うので、田んぼでオタマジャクシを5匹ゲット。田植えに行ったらオタマジャクシは必ずいるだろうし、息子は絶対「捕まえて持って帰りたい」と言うだろうと思って空のペットボトルを用意してた私も、なかなか偉い。地元の人に聞いてみどり色のアマガエルに成長することも確認。ご機嫌で帰ってくる途中の車の中で事件が発生。なんとオタマジャクシが入っていたペットボトルの中で共食いが始まってしまったのだ。いろんな大きさのオタマジャクシがいたほうが楽しいだろうと、大きいものから小さいものまで揃えたのが仇になってしまった。一番大きいオタマジャクシが一番小さいオタマジャクシを食べてしまったのである。共食いの様子を見てしまった息子は涙をポロポロ流して「お母さん さっきのところに戻って。僕は5匹育てたいと!」とちょっと焦点のズレたことを訴えてきた。オタマジャクシが5匹いるかどうかを気にするよりも、オタマジャクシの共食いの方がインパクトがあるんじゃないのかなぁ?

家に着く頃には5匹のオタマジャクシが3匹になってしまい、息子には「残った3匹を大事に育てようね」と言うしかなかった。水槽に移して、ホッとしたのもつかの間、彼らは何を食べるかサッパリ分からない。共食いするくらいだから肉食だろうと、冷蔵庫にあったハム・ご飯粒・レタスの切れ端の3種類を水槽に入れてみると、やっぱりハムへの食いつきが一番良かった。大きさも三通り。大きい順に「おたま・ちゅうたま・チビたま」と名付けて可愛がっていたけれど、息子がクラスのみんなに見せたいと言うので、先生の許可をもらって学校に持たせたら、その日以来クラスのペット(クラスで飼育)となってしまった。この機会に先生がオタマジャクシの成長を絵に描いてみんなに教えてくれたらしい。実は私もオタマジャクシの成長を密かに楽しみにしていたんだけど、それは息子から聞けばいいこと。ただクラスで飼育するなら「おたま・ちゅうたま・チビたま」なんて純ジャパな名前をつけないで、「Tad・ Pole・ Spawn」くらいにしておけば良かったと後悔・・・。

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