東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode82】6歳 Grade1に進級しました

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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実は・・・、出産直後に夫からパールのネックレスと指輪、イヤリングのセットを半ば強引にゲットしてたの。結婚する時に親から持たされていたけれど、ちょっと小ぶりだったし、出産で全ての栓が緩みっぱなしの夫が、酔っ払って帰ってきた時(しょっちゅう酔っ払って帰ってくるんだけど)に、「これからは、冠婚葬祭の他に息子の入学・卒業式も加わるから、パールの出番が増えるでしょ。せっかくの息子の晴れ舞台には、今持っているものより、もう少し大きい方が、なんとなくお祝いって感じがして良いと思うんだよねぇ」とか何とか言って、夫の了解をもらっちゃった。もちろん夫はそんな話は、翌日にはすっかり忘れていたけれど、さっさとお店に連れて行って、考える間を与えず、店員さんに「こちらでお願いします!」と伝えて試合終了。息子を出産した頃は、まさかインターに通わせるなんて思ってなかったから、その時は本当にパールのアクセサリーは出動頻度が高くなると思っていたのよね。KindergartenのLast dayも、Grade1の初日もスクールは通常運転。インターに通わせたことは全く後悔はいていないけれど、卒園式や入学式の思い出がないのは、何とも寂しい。Elementaryの卒業時にはちょっとしたセレモニーがあったけれど、あくまでも子供達が主役。日本の学校のように、親が着飾って行く雰囲気ではなかったので、夫に買ってもらったパールのアクセサリーは、6年生から通った日本の小学校の卒業式の時にやっと日の目を見ることになった。それ以前に冠婚葬祭があったから、その時に身につければ良かったんだけど、最初に身につける時は息子の晴れ舞台で・・・、なんていう妙なこだわりを持ってたので。これには夫もビックリ、っていうか呆れてた。うん うん私もビックリした、10年以上もタンスの肥やしになるなんて。

ピッカピカのランドセルを背負って・・・、という入学式もなく、息子のElementary生活がスタート。息子が通ったインターでは自転車通学が認められていたので、自転車で登下校をはじめた同級生もチラホラ。ただ、大人や兄弟の付き添いのない登下校が認められるのはGrade3から。自転車で登下校する息子の同級生は、もちろん親も自転車で伴走。なかには自転車を運転する我が子の後ろを走って伴走する強者ママもいたんだけど、実は我が子の自転車の運転があまりにも覚束なく、自転車で伴走すらできない状況(要するにママがハンドルやスピード等を常にコントロールしないといけない状況)だったので、「走って付き添うしかないのよ。本人がどうしても自転車で登校したいって言うから」とのこと。確かに息子は、この時期にはまだ補助付き自転車を颯爽と漕いでいたので、スクールへは私の運転する自転車の前カゴに座って登校していたけれど、息子が自転車に乗れるようになって、自分の運転する自転車でスクールに行きたいと言い出したら、きっと私も走りながら息子の自転車をコントロールする羽目になるんだろうなぁ、と白目を剥いた記憶がある。それくらいこの時期の息子は、のちに余計なリスクを取らない選択しかしなくなった息子にしては、猪突猛進型だった。明けても暮れても野球のことばかり。家ではプラスチックのバットとボールを使っての野球を許していたけれど、手加減せずに打ったり投げたりして襖が破れそうだったので、とうとう家の中での野球は禁止令を発動。すると今度はRecess(休み時間)にキックベース(バットが使えないので、ボールを使って素手で打ったり取ったりする)をするようになった。学校に着くや否や猛ダッシで靴を履き替え、荷物を教室に置き、ボールを持って下駄箱に戻り、また靴を履き替えて外に飛び出す始末。お陰で、朝家を出る時間には相当敏感になった。いつもより遅い時間に家を出ると「お母さん今日は遅いから自転車を速くこいで」と命令してくるの。まるで、私が競走馬で、それに跨っているジョッキーが息子で、ムチをピシピシ打たれている感じ。Pre-kやKindergartenの時は校庭で遊ぶといっても遊具で遊んだり、追いかけっこをしたりしていたけれど、Grade1に進級した途端、一緒に遊ぶひとつ上の学年(Grade1Grade2の生徒はいつも一緒に遊んでいる)の生徒に教えてもらいながら自分達でルールを決めたり、順番を決めたりしてキックベースをしていた。その点だけは成長を感じたけれど、この時期の息子は勉強よりもキックベースをしにスクールに行っている感じ。いやこの時期だけではないな。息子はインターも6年生から通った公立小学校も、中学、高校も、なんだかずーっと楽しく通っていた。もちろん勉強が大変で、「ああ もう!」って唸っていた時も中・高時代にはあったけれど、勉強とそれ以外のメリハリがキチンとついていたので、勉強が大変な時は、それ以外の時間もネガティブな思考なりがちな学生時代を送った私からすると、とっても羨ましい限りだった。「遊ぶ時は思いっきり遊ぶ、勉強する時は勉強に集中」、息子はこの切り替えが素晴らしかった。思いっきり遊ぶので、例えば同じ時間遊んで、他の子は遊び足りないと感じても、息子は「充分楽しかった!」と思えるタイプだったのよね。

そうやって思いっきり遊んでいるから、食欲も半端じゃない。キックベース仲間が、休み時間にランチやスナックを残してキックベースを始めるのに対し、息子は全部食べ終わってからでないとキックベースを始めない。しっかり食べてから、遊び始めるのは良いことなんだけど、しっかり片付けてから、遊び始めないから、私の「コラッ!」が炸裂することになる。ランチやスナックの後片付けがグチャグチャ。既に仲間が始めているので、焦ってそこらじゅうにお弁当箱やスナックの入っていたタッパーを置いたままキックベースを始めてしまう。そもそも整理整頓が苦手というか、興味がないということもある。ランチボックスも袋にしまわず、プリントもフォルダーに入れず、ロッカーにぶち込むので、迎えに行くと、必ず息子だけは両手にたくさんの荷物を持って私のところにやってくる。他の子は自分の荷物をちゃんと自分のバッグに入れてやってくるので両手が空いているのに・・・。そりゃそうだよ、みんなはランチボックスやタッパーをちゃんとランチバッグに入れたり、授業と授業の間にはテキストやフォルダーをバックパックにキチンとしまっているから、下校時間になったら、サッと荷造りできるんだもん。水筒のフタをちゃんと閉めてなくてリュックの中でお茶がこぼれていることもしばしば。もうね、毎日のように「ちゃんと片付けてから遊びなさい」と言っているのに、息子がシュンとするのは一瞬だけ。特に水筒やお弁当箱関連の忘れ物が頻発していたので、lost and foundの常連生徒になってしまったから、これらは必ず予備を用意していたっけ。息子が変わるのを待つ前に、母が根負けしてしまった。悔しい・・・。

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