東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode78】5歳11ヶ月 オーストラリアの小学校へ④

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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オーストラリアに滞在中、息子が現地の人と話す度に、流暢な英語に驚かれるのと同時に必ず「American English…」「American accent…」と、とても残念な顔で言われた。私が英語を話せたら“いや いや、そんなに残念な表情をしなくても良いじゃない。あなた達のSundayの発音はサンデーじゃなくって、サンダイに聞こえるからねっ!プンプン”って思いっきり突っ込んでいたと思う。確かに息子の“R”の発音には私もAmericanを感じるけれど、お医者さんもアイスクリーム店のスタッフさんも担任の先生も言ってきたので、そんなにAmerican English・American accentなのか?と私も驚いてしまった。特にアイスクリーム店のスタッフさんとは、ほんのちょっとアイスクリームの注文でやり取りをしただけなのに「American English」って言われちゃった。えーっ、そこまで残念な表情をするほど、ダメなの?息子が2歳になった直後から、我が家の早期英語がスタート。最初に通ったプリスクールの先生はアメリカ、フィリピン、日本(帰国子女)出身、次に通った東京のインターナショナルスクールの先生はオーストラリアと日本出身、九州のインターナショナルスクールに移った最初の年のPre-Kはアメリカ、カナダ、日本出身の先生、Kindergartenではカナダ出身、Grade1からGrade6でインターナショナルスクールを辞めるまでは、アメリカとカナダ出身の先生が交互に担任になっていた。オーストラリア出身の先生は東京のインターナショナルスクールに通っていた1年間だけ。でもこの1年って、息子が3歳の頃。言葉を吸収して、どんどん喋りだした時期で、個人的には発音等で先生の影響を最も受けたのではないか?と思っていたんだけど、そうではなかったみたいね。そう言えば、私は会話をしても、オーストラリアの人には「American English…」「American accent…」なんて、ひと言も言われなかったなぁ。残念!まっ、括りとしてはジャパニーズ・イングリッシュということか。でもね、アメリカでは1回言っただけでは絶対通じなかった「Water」が、オーストラリアでは1回で通じるのは本当に嬉しかった。あんまり嬉しくて、Waterの注文は、息子にお願いすることもせず、率先して私がしていました。さらにアメリカの英語よりオーストラリアの英語の方が聞き取り易いと感じたのは私だけかな?私は決して流暢な英語話者ではないけれど、オーストラリアの英語は私にとってはアメリカの英語よりストレスが少なかった。一方、「American English…」「American accent…」と言われても、息子はケロっとしてたけど、確かに「英語は時々聞き取りにくい時がある」と言っていた。「日本語でも訛りがあるし、聞いているうちに慣れてくるよ」とも。アメリカ英語とオーストラリア英語を比較してつべこべ言う私と違って、息子はそんなこと気にならないレベルの英語力ってことか・・・。オーストラリアの小学校に通うと言ったら、アクセントを気にする方もいらっしゃるかな?実を言うと、私もちょっぴり気になったの。でもね、この時点でアメリカやイギリスのサマースクールに行くのと、オーストラリアの小学校の授業を受けるのとどっちが良いのかな?なんて考えちゃう。あと、“アメリカやイギリスの英語を習得させたいから、それ以外の地域のサマースクールや留学はNo、だけどアメリカやイギリスのサマースクールは、日本人も多いし、遊びの要素が強いので、結局行かせない”なんていうのは、それこそ私は“ないなぁ”と思ってる。フィリピンでもマレーシアでも「アメリカやイギリスの英語以外は・・・」と言っている日本人より、よっぽど英語でコミュニケーションがとれているんじゃないかしら?発音が良いことに越したことはないけれど、固執し過ぎると勿体ないなぁ・・・、と。それに、2歳からプリスクールに通い始めた息子が、それから4年ほどで「American English」と多くの人に言われる状態になっていることを、私は素直に「どえらいことだにゃー」と思えるのですよ。私が5歳くらいの頃は、きっつい博多弁の日本語しか話せなかったもんね(今でもそうだよ)。

さて、オーストラリアの小学校生活をエンジョイしていた息子。日を追うごとに学校で遊んだお友達の名前も増えていき、私から見ても本当に楽しそう。周りに「学校は楽しい?」と聞かれると、必ず「Yes!」と言ったあと「お友達がたくさんいるよ」と付け加えていた。私にも「日本のインターよりこっちのスクールの方がお友達がいっぱいいる」と言っていた。そもそも日本で通っていたインターの生徒数は少なかったからね。「どっちがいい?」と聞くと「どっちも好き」と答えていたけれど、広い校庭でクラスメイトと駆けまわっている姿を見ると、オーストラリアに来て良かったなぁ、としみじみ思っていた。

クラスルームには3台のコンピューターがあって、息子はアズールとコンピューターをシェアしていた。Grade1のクラスルームにコンピュータがあって、使っていることにも驚いたけれど、アズールはコンピューターが得意のようで、息子に色々と教えてくれたことにも大層驚かされた。ただ、日本に帰国して、9月からスタートしたインターの授業でもコンピュータを使うようになったので、決してオーストラリアのIT化が進んでいるというわけではなく、私の意識が低かったというだけのことか。

日本語の授業もあり、たまたま息子がBroadbeach State Schoolに通っている間に、日本からやってきた和太鼓奏者グループのパフォーマンスもあった。当時はこんな感じで日本や日本人に対して、とてもフレンドリーだったけれど、今は中国からの渡航者が随分増えたので、少し状況は変わってるかもしれないな。ちなみに、このブログを書くので、Broadbeach State Schoolについて調べてみたら、今は岡山市にある就実小学校と姉妹校提携をし、ホームステイなどのプログラムを通じて交流をしているそう。日本人を受け入れるだけではなく、日本にも生徒を送り出しているなんて、やっぱり日本人に対して相当フレンドリーな学校なのね。私も息子も嫌な思いを全くしなかった。良い学校だったな。

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