東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode68】5歳4ヶ月 路線図や時刻表は息子にとって最高の知育グッズ!

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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夫は息子がまだ赤ちゃんの頃から、いろいろ誘導して(試して)、興味を持ったら一緒に楽しんだり、掘り下げたりする天才。息子が遊んでいる玩具も、普通はそんな使い方をしない方法で遊び始める。今でも覚えているのは、息子がずり這いを始めた頃、持ちやすいように膨らみがついたブロックを息子の前で駒にして遊び始めた。膨らみ部分を握って、その部分が下を向くようにクルッとひっくり返し、上に放り投げながら手首を回してブロックを回転させる方法。夫は何度もやってみせてたんだけど、その間じゅう息子の目はその動作に釘付け。そして夫が息子の前にブロックを置くと、何と息子は、夫と同じ持ち方でブロックを握り、クルッとひっくり返して、手首まで回して、夫と同じことをしようとしていた。さすがに夫がやったように駒にして廻すことはできなかったけれど、それを見ていた私の方がたまげたよ!どっちもスゴイ!「できない」とか「コレはこういう使い方」って思っちゃダメだね。夫を見ていたら、知育って子供の頭の中に「へ〜」をいっぱい作ってあげることなのかなぁ、と思っちゃった。それまでは、「子供の能力開発」とか「おすすめ知育玩具」などを目にする度に、「うちはどうしたら良いのかな?」「何から始めたら良いの?」なんて考えて、勝手にハードル高くして、ドヨ〜ンとしていたけれど、「へ〜」を作るなら、私にもできそう!そう考えると、すっごく楽になっちゃった。その出来事があってからは、私も夫を見習って、いろいろやってみた。息子の頭の中に「へ〜」が生まれた時って、目や表情を見ているとよくわかる。そんな息子の様子を見るのはとても楽しかった。

この年は、スクールが冬休みに入ると、東京の夫のところへ行ったのだけど、東京を離れて1年半ともなると息子の興味の対象も随分広がっていた。電車・交通博物館は以前と同じように好きだけど、博物館や科学館にも行きたがるようになっていて、これはインターでの集団生活のなかで、クラスメイトからたくさんの刺激を受けた証かな?実際にクラスメイトには「宇宙飛行士になりたい」とか、「科学者になりたい」とか言っている子がいて、息子にも「宇宙飛行士って何?」とか「科学者ってどんなことするの?」って聞かれたので。実際に科学館・博物館に行くと、ひとつずつ自分で触ったり実験したがるので、あっという間に時間が経って、1日では足りないくらい。息子がここまで興味持つとは思わなかった。これは大きな収穫。九州に戻っても、地元の科学館に足を運び、継続して楽しみました。

ところで、夫が東京で暮らしていたマンションの部屋は単身者用の40㎡程。この部屋で親子3人が寝るのは大変。空気を入れて膨らますマットを上手いこと敷いて、寝袋で寝るという、キャンプの様相。息子はそれをとても気に入って、キャッキャッとはしゃいで、マットの上でゴロゴロしていた。そして、この時期はどこへ出かけるのにも路線図を持ち歩いていた息子にとって、東京はパラダイス!早々に手に入れた地下鉄・JRの全路線図をヒマがあれば眺めていた。出かける時は目的地の最寄りの駅を必ず聞いて、ルートを検索してくれた。息子に路線図や時刻表を渡して、調べてもらうようにしたのも夫!路線図は日本語Ver.と英語Ver.の両方を渡しておくと、日本語で読めない駅名も英語Ver.ならローマ字で表記してあるので、漢字も読めちゃう。この頃の息子は、道路の案内標識(下記参照)も読めない漢字はローマ字表記を読んで覚えていたので、路線図も日本語Ver.と英語Ver.の両方を渡しておくと、読んでくれるかなぁ、と思って。線図や時刻表は息子にとって最高の知育グッズになってしまった。基本的には息子の検索ルートの通り移動をしていたけれど、息子は乗ったことのない線や、出来るだけ多くの路線を使いたたがるので、乗り換えがとても多く、すっごい時間をかけて目的地に到着することも。しかもこの頃なると乗り物(特に電車)に関しては、私より息子の方が詳しくて、息子の説明を聞くたびに、私の頭の中の「へ〜」ボタンが何回も押され「どっちが知育されてんだかわからん!」と情けないことになっていた。

Twitterのフォロワーさんのお子さんにも小鉄ちゃんがいっぱいいて、彼ら・彼女達の小鉄ちゃんぶりを楽しく拝見している。息子が小鉄ちゃんだった頃、「この電車好きはいつか終わるのかな?他のものに興味の対象が移ると“電車 電車”って言わなくなるのかな?」と漠然と思っていたけれど、そんなことはなかった。中高の研修でも現地集合の目的地に寝台列車で行こうとして先生に却下されたり、東大に通っていた頃は、所属していたサークルの大会開催地まで、新幹線を使わずに在来線を乗り継いで行った息子。小さい頃は、住んでいる一帯や東京都内だけで済んでいたルート選びも、今やスケールがデカくなってしまった。他のことは面倒くさがるのに、電車はいろいろ調べて、今でも出来るだけ多くの路線を使ったり車輌に乗ろうとする。しかも寝台列車で行こうとした時も、大会目的地まで在来線乗り継いで向かったときも、息子単独ではなく、必ずお仲間がいた。みんな小さい頃から鉄道大好きなんだって。そういえば、息子が小さい頃、電車1番後ろの車両で、車掌さんの様子を食い入るように見ていたら、車掌さんがわざわざ扉を開けて、お手製の電車カードを息子に手渡してくれた。カードを手作りして、小鉄ちゃんに配っていると仰っていた。この方も小さい頃は小鉄ちゃんだった様子。“三つ子の魂百まで”をまさに実感。だから安心して、皆さんの「小鉄ちゃん」も立派な「鉄ちゃん」に育ちますよ!

 

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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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