東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode61】4歳8ヶ月 Festival☆

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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息子のインターナショナルスクール生活で最も私の印象に残っているのが、このFestival。インターナショナルスクールが沢山ある東京と違って、九州でインターナショナルスクールは数校。異文化交流、いろんな国の料理、日本のフリーマーケットではお目にかかれない珍しい品物、ラッキーナンバー”と呼ばれるクジの羽振りの良い景品などを目当てに遠方から駆けつける人も多く、開場前から校門には長蛇の列ができていた。

開催は4月下旬から5月上旬だったけれど、準備は年明け(実行委員は前年の年末)からスタート。生徒は各学年でひとつのブースを担当。ブースで何をするかは生徒と先生で決めていくのだけれど、ゲームのブースが多かったかな。あとは手間のかからないホットドッグとか。このFestivalの収益は学校の収入になる。それは生徒の学校生活の充実につながるので、親も頑張るイベントになってたっけ。

親が担当するブースはフリーマーケット、ラッキーナンバー、フード、この3つが柱。息子がこのインターを辞めて公立小学校に転校するまでの8年間、私が担当したブースはラッキーナンバーとフード。1番下の学年でFestival初体験の保護者が殆どだったので、この年は有無を言わさずラッキーナンバーのサポート。ラッキーナンバーのブースを担当する上級生の保護者の手となり足となって馬車馬の様に働かされた。

・インター保護者にラッキナンバーの景品の寄付を求める

・地元の企業に寄付を求める手紙を送り、電話もする

・寄付していただくものを取り行く

・景品の選定(各賞と景品)

festival当日の運営(来場者へのクジの販売・抽選会・当選クジと景品の引き換え)

年明けからFestival当日までのインターのホールでは生徒に紛れて多数の保護者がウロウロ。みなさんハッキリものを言う人々何なので、激しいやり取りも日常茶飯事。クラスマザーをしていた私は先輩ママとクラスのママ達の間で上手く立ち回らないといけないのに、日中働いている保護者には役割をお願いすることもできず、ひとりで被ってしまい、大忙しの5ヶ月となってしまった。

ただ、Festival 1週間前からは準備で忙しい保護者のためにインター側も生徒を1時間余計に預かってくれ、その後の時間もプレイグラウンドで遊ばせることもOKだったので本当に助かった。ここがインターの素晴らしいところ。

さてさてFestival当日。本当はどんなブースがあって、どんな様子で来場者が楽しんでいるかとか、どんな料理があるのか、そして大人気のフリーマーケットにはどんな物が出品されているのか等々、たくさん書きたいのだけど、全く書けない!

何故?だってチケット販売抽選会景品の引き換えのためにラッキナンバーのブースにずーっといたんだもん。お昼ご飯だって、他の保護者が買って来てくれたものを立ったまま食べていたの。息子はというと、シッター(これも保護者の担当)さんがクラスルームで預かってくれ、シッターさんがFestivalのブースに息子達を連れて行って楽しませてくれたので良かったけれど。

もうねぇ、初めてのFestivalだというのに、何も見ることができなかった。その時に「来年のFestivalでは楽しむぞ。フリーマーケットで英語の本をいっぱい買うんだ」と心に誓ったけれど、それは息子がインターを辞めるまで1回も実現することはなかった。それくらい保護者にとっては苦行のFestival。でもね、準備をやり始めるまでは憂鬱なんだけど、始まるとスイッチが入って楽しくなる⁉︎

インターを辞めたママ友がFestivalに来場して、私に会うなり言った言葉は「初めてFestivalを楽しいと思えた。やっぱお客としてくるもんだね」。すっごいカッチン💢きて退場を申し渡しました😅

ちなみにインター関係者は会場内で使えるチケットやラッキーナンバーをあらかじめ購入できた。自分の担当ブースでもあるので、6(6000円分)のラッキーナンバーを購入したけれど、Festival終了後、当選確認をしたら、ホテルの宿泊券、デパート商品券10000円分、焼肉屋さんのお食事券15000円分と装飾品数点が当たっていた。チケット購入に充てた金額以上のものをゲットしたらので、すっごくラッキー!当時は景気もよく、豪華な景品を惜しげもなく提供してくれる企業が多かった。またインターの生徒の保護者に野球選手やサッカーの監督、航空関係や地元で人気の飲食店経営者などがいたから…、というのもある。Festivalのフリーマーケットやラッキーナンバーの景品を寄付してくれると言うので、某野球監督のお宅に伺ったら、倉庫に案内され、「この中のものは全部持って行って良いよ」と言われたと聞いて、桁違いのお金持ちから、私のような一般ピープルまで、ザ・多様性だな、と思いながら景品の仕分け作業をしていたっけ。なかなかの良い思い出だこと!

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