東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode57】4歳3ヶ月 クリスマスコンサート

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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Elementaryのクリスマスコンサートは夕方から夜にかけてなので、家族揃って子供たちのパフォーマンスを鑑賞することが可能。この4コマ漫画の時の息子はまだPre-Kだったので、昼間にコンサートが開催された。コンサートを見ることができない単身赴任中の夫が喜ぶだろうと、片手でカメラ、もう片方の手でビデオカメラを操作しながら、息子の晴れ舞台を必死に撮影していたのはこの頃。フッと気がつくと、レンズ越しに見た息子の姿しか目に焼きついてなくって…。実は2ヶ月程前のSports dayの時に念願のEOSを買っていた。それまでは、息子が産まれた翌年の母の日に夫がプレゼントしてくれた、当時最もコンパクトだったデジカメ。ポケットに入るし、軽くて片手での操作もチョチョイのチョイだったのに比べてEOSは重い。片手での操作は至難の技。いやいや、それまで持っていたデジカメと比べること自体が間違っている!画質は遥かに良いし、そもそも運動会やコンサートでの息子の姿をEOSで颯爽と収めるのが私の長年の夢だったはず(格好から入るタイプです、ハイ)。ところがEOSとビデオカメラを抱えて撮影する私は颯爽とは程遠く、必死のカメラワーク。息子達のパフォーマンスが終盤に差し掛かる頃には腕がプルプル震えて、結局はブレブレの仕上がりとなってしまった。欲張って片手にカメラ、片手にビデオカメラはやっぱり良くないな。

しかも私がアクロバティックな動きで収めた息子の写真やビデオを夫が見たことはほとんどないんじゃないかなぁ。単身赴任先から夫が帰って来ると、大半の時間を生身の息子と過ごしていたので。ただ、当時はこんな活用ができると思ってなかったのは、それらの写真やビデオは息子が反抗期を迎えた時に私の心を随分と温めてくれたってこと。もうねぇ、反抗期の息子とバトルをする度に、おチビちゃんの頃の写真や動画を見て、心の修復作業をしてました!

ところで、2週間に1回のペースで九州に帰省していたこの頃の夫は息子の完全なる僕と化していた。東京で一緒に生活している時も、息子がまだ夢の中にいる朝早く出社して、息子が起きている時間に帰宅したことなんてなかったから、離れて生活したところで、息子と顔を合わす頻度はそれまでと大差はなかったけれど、一緒に住んでいれば、私の方がいろいろなことを夫に報告する機会があった。夫は日頃どんなことで息子が私に怒られているか把握できていたので、休日に夫の前で息子が同じことをしたら、しっかりと注意してくれた。お父さんが怒ったら本当に怖い。息子はそう理解していたので、何回も言うことを聞かなかったときの「お父さんに怒ってもらおうか?」はとても効果があった。ところが離れて暮らすと息子に嫌われたくないのか、一緒に暮らしていた時には怒っていたようなことでも怒らなくなってしまった。怒ると怖いお父さんではなく、すっかり“優しいお父さん”になってしまった。ただ、知恵もついて、毎日のようにとんでもないことをしでかす息子に手を焼くことも多く、私がカミナリを落とす頻度も増えていたので、息子にとって父親という逃げ場所があったことはとても良かったと思う。実際は息子の逃げ場所はおじいちゃん・おばあちゃんでもあったんだけど、夫に息子の逃げ場所が自分だけだと思わせていたのは、息子の方が一枚も二枚も上手だったってことね。あっ、夫婦喧嘩した時も(本当は子供の前で夫婦喧嘩はいけないっていうけど…、)息子は常に「どちらが正しいか?」ではなく「どちらに付いたほうが自分にとってメリットがあるか?」で動いている。そんな息子の様子を見ていると、夫と喧嘩してるのが馬鹿らしくなってくるから不思議。

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