東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode52】4歳 東京へ〜お友達との再会〜

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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この年は台風の当たり年だった。新学期早々、1週間に1回のペースで台風の影響を受けてスクールがお休みになるものだから、慣れるのに相当時間がかかってしまった。スクールをお休みして東京のお友達に会うことも非常に躊躇したのは事実。最初は戸惑っていたものの、サマースクール後半の息子の様子からは“もう大丈夫”と安心していたんだけど、いざ新学期が始まって、息子の“シクシク”が再開すると、やっぱり少しの環境の変化もこの時期の息子にとっては心が萎れるくらいのことなのかも知れないと考えてしまった。だから、スクールをお休みして東京のお友達に会うことに、私も消極的になってしまったんだよね。だけど、夫の「どうせ東京でお友達に会って九州に戻り、再びインターに通い始めてもしょんぼりされる。今の息子と同じ状況になるんだ。それなら東京でお友達に会わせてあげたら?」という言葉で東京へ行くことにした。

東京のインターのクラスメイトと遊ぶ時も、家族で過ごす時も息子はとびっきりの笑顔。でもクラスメイトや父親とお別れする時に大泣きされてしまったのは辛かった。「東京のお友達とはまた遊べるよ」となだめても「僕、明後日帰るから遊べないよ」ともう誤魔化しも効かなくなってしまって…。ただ、この一連の涙 涙のお別れに機嫌を良くした人物がひとりだけいる。それは夫!1ヶ月ほど前のお盆に帰省し、家族で過ごした後東京に戻る時は、あっさり息子にバイバイされたものだから、ちょっぴり落ち込んでいた。息子に「行かないで、お父さんと一緒にいたい」と言われると思っていたんだろうな、残念。ところが今回は泣くを通り越して、息子はギャン泣き。夫もつられて大泣き。もう空港の保安検査場直前で、息子と夫のふたりの世界。私はすっかり息子の背景と化してしまい、夫にもバイバイしてもらえなかった。九州の家に戻ると「〇〇(息子の名前)泣いたなぁ」と嬉しそうに電話をよこしてきたけれど、“ここから大変なのは私なんだよねぇ”と受話器の向こうで感動に浸る夫とは対照的に憂鬱な気分になってしまった。

ところが、東京から戻った翌日の月曜日からは状況が随分良くなった。新学期が始まって少しずつ保育時間が伸びていき、その日からはフルタイム(8:452:00)。さすがに登校時は私にしがみついて、なかなかバイバイしてくれなかったけれど、思いきって息子を先生に預けて帰宅。「20分以上泣くようだったら、電話します。」と先生には言われていた。ところが、まったく電話が鳴らない。お迎えの時間になってスクールに行くと、「おかあさん」と元気に笑いながら息子が出てきた。先生の話では、私と離れてからしばらく泣いたけれど、その後泣き止んで楽しく一日を過ごしたらしい。その日以降は私とバイバイする時だけ泣く日々がしばらく続き、結局いつまでも親を恋しがって泣く最後の4人のうちのひとりになってしまった息子。あともうチョットなんだけど、そこからがなかなかね…。

 

 

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