東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode157】 東大の入試&卒業 そして合格発表

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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12月中旬にEarly Actionで合格すると、精神的に楽にはなったものの、まだ受験は終わってない。そうは言っても1231日にRegularの出願を終えるまでは、エッセイの推敲に時間をかけていて、国内大学の受験対策は依然として殆どできなかった。元旦の朝はおせちと雑煮をパパッと食べて、駿台お茶の水校での直前講習に参加。いよいよ国内大学受験に向けての勉強が本格的に始まった。夫と私はお正月に何をしたか?なんと息子のスキーウエアを求めて、お茶の水のスポーツショップをウロウロ。息子が年末、ルートHでエッセイを絞り出していた頃、大学が休みに入って帰国したルートHの卒業生が陣中見舞いにやってきたそう。その中には息子がEarly Actionで合格した大学に通う先輩もいて、「ちょっと前に寮で停電が起こったんだけど、その日がムッチャ寒い日で、たくさん着込んでも寒くて死ぬかと思った」と息子に話したんだって。確かにアメリカってたまに大規模な停電が起こるよね。加えて、そもそも古い寮だから電気系統のトラブルも多いと聞いていた。「寒い日に停電が起こっても凌げるようにスキーウェアを持たせておこう」と夫が言い出して、わざわざ初売りセールを狙ってお茶の水までやってきたのよね。とにかく凍死だけは回避できるように、と高性能のスキーウエアを購入。Early Action合格で財布の紐もついつい緩み、セール対象外の商品を選んでしまった(そのスキーウエアはアメリカに持って行ったけど、初年度は使うことなく春を迎えたところで、コロナ禍で急遽帰国。それから1年半は日本でオンライン授業受けていたから、今まで1度も着用してないのよね)。息子は予備校や学校の自習室でひたすら勉強してたというのに、浮かれていたのは夫と私の方。ただ、それもほんのいっ時のこと。とりあえず海外大学は合格したものの、国内大学入試が迫ってくると、またまたプレッシャーの波が押し寄せてきた。もともと息子はテスト前は極端に食欲が落ちる。海外大学出願の準備や奨学金の選考でプレッシャーまみれになっていた秋から年末にかけては、ご飯もお茶碗半分くらいしか食べてくれなかった。Early Action合格で一旦は食欲が戻ったものの、センター試験が近づくにつれ、再び食欲減退。あの食事の量で、よく1年間乗り切ったと思うよ。ただ今になって、息子に当時のこと聞いてみると、どの教科で何点くらい取れば合格できるかな?ってな具合で、皮算用をしていたとのこと😤

センター試験の会場は家から車で30分くらいの場所。ただ車やバスで行くのは渋滞等も充分考えられるのでリスキーだし、電車の駅からは徒歩で随分かかるので、自転車で行くことにし、前日に下見を兼ねて自転車で往復。やっぱりセンター試験に自転車で行くって珍しいのかな?当日は自転車置き場に殆ど停まってないし、何しろ校門付近で自校の生徒に声かけをしていた先生は、息子が自転車でやってきたのを見て「ええーっ?自転車で来たの??」と随分驚いたそう。

センター終了後に自己採点したら・・・、800点に届かず・・・。そうかぁ800点は越えなかったかぁ・・・。2学期は国内大学の受験勉強ができなかったからなぁ・・・、と私はかなりざわついてしまったけど、息子も夫も「大丈夫。2次で取るから」のひとこと。予防接種のお陰で酷くなることはなかったけど、センター後にインフルエンザに罹って2日間寝込んでしまうというアクシデントあったものの、息子にとっては東大入試が終わる=進学する大学も決定(他の受験生は合否が出る3月まで気になる)なので、とにかくそこに向かって黙々と勉強していた。ただ海外大学に合格していたので、プレッシャーはそこまでなく、いい感じで力が抜けて勉強に集中できていたみたい。

迎えた東大の試験当日は御茶の水駅付近で発生した停電の影響で利用するJR線が大幅遅延となる混乱もあったけれど、出勤する夫と一緒に電車に乗っていたので、上手いこと電車を乗り換え、遅刻することなく無事に会場に到着して試験を受けることができた。東大の試験が終わると、勿論全力で遊びまくり。卒業式・謝恩会の直後に控えた引っ越しで母は忙しかったけど、息子は自分の分の荷造りすら放棄して、友達とスキー旅行などなど。お小遣いを使いきって金欠になると、学校近くの公民館で卓球三昧。少数かと思いきや、意外とみんな気が緩んで?お金を使い果たし、公民館には上靴を持参して集まった同級生がウヨウヨ。そういえば、謝恩会の時に同級生ママから息子のセンター試験の点数を聞かれたので、素直に答えたら「えっ?その点数で東大受けるの?」と聞かれて、かなり焦ってしまった。しかも、向こうは「教えない、ウフフ」と言って、センターの点数を教えてくれなかったのよね。

東大の合格発表は前日まで気にかけていたんだけど、当日は2〜3日前に引越しをしたので、荷物の整理に追われてすっかり忘れてしまっていた。息子が正午ごろ無言で自分の部屋に篭ったのをきっかけに思い出し、結果を待っていたけれど、なかなかネットが繋がらなかくて、ハラハラ。やっとのこと合格を確認し、電話で担任に報告すると、先生からは「センターの成績が微妙だったから心配したよ〜」と言われてしまった。やっぱりそうだったんだ〜。同級生のママのリアクションも当然だったってことね。その後家族で東大キャンパスまでいって掲示板の番号を確認。恥ずかしがって、東大運動部による合格者の胴上げサービスは遠慮した息子。一生に一回だけだから、やってもらえばいいのにね。これにて、なが〜い1年が終わりました!

息子の子育てを振り返って感じるのは、もし夫と結婚してなかったら私はこんな子育てをしてなかっただろうな、ということ。そして、夫は誰と結婚してても同じような子育てをしていただろうな、とも。皆さんお気づきだと思うけど、我が家では教育・子育てに関して夫が主導権というか、当事者意識をしっかり持っていたのよね。中学受験で第一志望だった学校に不合格となり、その学校に高校入試でリベンジして合格、大学も一浪して入ってるので、息子にはとにかく自分と同じ轍を踏ませたくないと思ってたみたい。だからといって、早々に塾に入れてしまえば良いとも思ってなかったのよね。夫は「極論すれば、東大の入り方はわかっている。親(大人)がエサを入れてくれるのを、ただ口を開けて待ってるだけの子どもにしてしまえば良いんだけど、大学に入ることがゴールじゃないでしょ?」と常々言っていた。夫は、ビジネスの最前線で若い人に接し、社員の採用・育成にも関わっているので、どういう人材が求められるか?という観点から子育てをしていていたとも思う。時代も違うから、自分が育ってきたルートでは満足せず、息子が社会人なった時は「ツールとして英語は必須」と考えてバイリンガル教育をしたし、中学受験ではライザップのように親がマンツーマンでサポートして、中学・高校につながる勉強法を身につけさせ、中学・高校生の頃の息子には口を開けてエサを待ってるのではなく、失敗してもまわり道をしてもいいから、自分の頭で考えて行動できる人間になって欲しいと心を砕いてた。日々の子育てオペレーションは私がしていたけど、キャパのでかい夫は要所要所ですっごいパワーを発揮する。印象的だったのは、高校3年のゴールデンウィークの頃、いろいろあって日米併願に消極的だった息子に対し「目的があって国内大学を受験するならいいけど、海外大学にチャレンジできるのに、リスクがあるからといって諦めてしまうのは後悔するぞ」と言って背中を押し続けると同時に、物流に興味を持った息子が基本的な思い違いをしていたのを、家の壁一面にポストイットを貼って説明したこと。自分と同じ轍を踏ませたくないからと先回りしていろいろやってあげるのではなく、自分の経験を踏まえて、自分なりに“あぁしておけば良かった”“こうしておけば良かった”と考えたことを実践したんだと思う。だから、当然「お前(=夫)が言う?」といったいったことも多くて・・・。息子は夫に似て、「明日やれることは前倒ししない」と全然ストイックじゃない。実際、日米併願をしてどちらも合格した息子の先輩の担任をしたことがある高校2年の時の担任は、頭を抱えながら息子に「う〜ん、◯◯(息子の名前)は△△(日米併願をした先輩の名前)と違って全然ストイックじゃないんだよなぁ」と言ったんだって。「ヤバイ。伝説と言われたあの△△先輩がストイックになって日米どちらも合格できたのに、凡人の息子が彼よりもストイックでなかったら、一体どうやって合格できるの?」なんてこっちも頭を抱えたんだけど、日米併願に消極的になって、海外大学受験しない言い訳をごちゃごちゃ言って逃げてる息子に対して、夫が「ストイックになれっ!!」と一喝したときには、家族で真剣な話をしているのに、私だけ笑いを堪えきれずに席を外して、2階で大笑いしちゃった。自分がストイックなれなかったから大学受験に失敗したくせによく言うよね?

終始、こんな感じで「お前が言う?」的に、“あぁしておけば良かった・こうしておけば良かった”と思うことを潰していく子育てをしてきたから、今周りから「息子さんの子育てにおいて後悔していることや、“あぁしておけば良かった”と思うことはありますか?」と聞かれても、答えは「全くありません」なんだよね(強いて言うなら、英検1級取得のための不毛な対策)。学校(特に公立であろうと私立であろうと小学校)には期待してなかったから、その時期に日本の学校に行くことには拘らず、息子の将来を見据えて有用と思うことを選び取っていっただけのこと。

少し前に「早期英語界隈の佐藤ママか?」って揶揄されたこともあったけど、そうだね、ある時期まではウチも佐藤ママと同じ。中学受験までは親がしっかりサポート。でも志望校に合格しなかったからといって佐藤ママのように、“子どもがかわいそう”とは思わなかったし、中学・高校は自分の頭で考えることが大事だと思ってたから、息子をロボットにする気もなかった。佐藤ママはお嬢さんが高校生の頃、親の指示に従わず、「予備校で夏期講習を受けたい」と言った時に無視して口もきかなかったし、大学生の息子さんが「ママの言うことを聞いておけば大丈夫」と言ってお嬢さんを説得したいうエピソードを披露してたんだけど、我が家でそれはあり得なかったな。お互い納得するまで話をしたと思うんだよね。勿論、佐藤ママのお子さん達はひと回りもふた周りも上手で、「ママの機嫌を損ねたら面倒臭さいことになって勉強の邪魔になるから、とりあえず言うこと聞いておこう」と思ってたかもしれないけど・・・。

佐藤ママの考え方って東大First generationの親に多い考え方。ご自身は、中学受験の経験があるのかな?さっき中学受験は我が家も佐藤ママと同じように親ががりって書いたけど、ウチは佐藤ママが仰るような「小学◯年で習い事はやめて塾に通わせましょう」などと中学受験に不必要なもの(こと)を削ぎ落としていくことはしなかったんだよね。そこまでしないと進学校に合格できないなんて思ってなかったから。英語は幼少期のお稽古事で終わらせる気は毛頭なかったし。東大合格のためにあれだけ特化した子育てをした佐藤ママが時間的に余裕のある幼少期〜小学校中学年にかけて大学合格レベルの英語を習得させなかったのも不思議。これができていれば中学・高校では、英語の勉強にかける時間を他教科に回すこともできたのに・・・。ご自身は英語の先生だったし、あくまでも理Ⅲに合格してお医者様になってもらいたかったから、英語は中学以降でいいと思ってたんだろうけどね。そして、中学・高校でも我が家は東大は意識していたけど、そのためにやりたいことを絞ることもしなかった。「東大一直線」の佐藤ママが、お子さんを東大に合格させるために絞った子育てをしたのに対して、夫は自分の時よりもっと選択肢を増やしたいと思って子育てをしてきたんだよね。多分、夫がいなかったら、中学受験の経験がなく、東大に合格するための勉強もせず、東大に合格したことのない私は、なんの疑問を持つことなく、佐藤ママをお手本に子育てしてたかもしれないなぁ。

さて、次回はいよいよ最終回です。

 

 

 

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