東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode155】高校生 怒涛の高校3年

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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中学3年の頃から息子は海外大進学を視野に入れて、海外大学進学塾(ルートH)の説明会に行き、情報を収集したりアドバイスを受けたりしていました。

高校1年から2年に進級する春休みを利用して、Harvardは既に訪れたことがあるのでPrinceton、Yale、Brown、MITを訪問し、予めお願いしていた先輩留学生に案内してもらって学内を見学、寮に泊めてもらって、大学生活、寮、サークル活動、卒業後のこと等いろいろな話を伺いました。こうして学校の勉強や部活も取り組みながら、少しずつ海外大学出願に向けての準備を始めました。

【SAT】

SATの策定・運営をするCollege Board によるThe Official SAT Study Guideというガイドブックを使って対策をしていました。高校2年の10月に初めてSAT with Essayを受けてから、高校3年6月までに、SAT with Essayは2回、SAT subjectはMath2とChemistryを1回ずつ受けました。SATの試験会場は主に国内インターナショナルスクールです。SAT with Essayは年に4回、SAT subject は年に5回ほど試験があって、College Board を通して申し込みをします。中国や韓国にも会場がありますが、過去に不正行為等があったので、信頼性の高い日本の会場で受けるアジア人がとても多く、受付開始直後でも満席で取れないことがありました。こんな時は、とりあえず息子が海外の受験会場の申し込みをしておいて、国内受験会場で空きが出るのを私が頻繁にひたすらチェックして、会場変更をしました。

SATに関しては「点数は決して低くはないけれど、最近の傾向からみて、もう少し点数が欲しい」「EssayはReading, Analysis, Writingの3つの項目で、それぞれ6/8以上は欲しい(息子はAnalysisで苦戦)」ので、3回目を受けるようアドバイスされましたが、忙しくてこれ以上の対策に時間をかける余裕もなく、3回目を受けないまま出願しました。

SATは、11月のEarly Action の出願に間に合わせるためには、高校3年の1学期の終わりまで、遅くても2学期の初めまでに満足のいく成績を出して提出できるのが望ましいと言われました。

【TOEFL】

SATの対策がTOEFL対策にもなるので、試験はできるだけ遅く受けるように、と海外大学に進学した先輩からも、学校の海外大学担当の先生からもアドバイスを受けていたので、息子は高校3年の夏休みの終わりに受けました。TOEFL対策は全くやっていません。

【推薦状】

海外大学に出願する際は3名の推薦状が必要でした。海外大学進学担当の先生から3名の推薦者の案を頂き、息子の意向と一致していたのでその通りにお願いしました。3名とも高校の先生で、Englishの先生、海外大学進学担当の先生(いずれもネイティブ)、高校2年の時の担任の先生の3名でした。息子は高校2年の時に課外活動に精力的に取り組んでいたので、その様子をよく知るこの先生を選んで頂いたようです。高校3年の夏休み前に決まりました。もちろん推薦状は英文です。

【奨学金】

書類提出(9月)→筆記試験・一次面接(9月)→最終面接(10月)

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海外大学出願準備、出願、合格までの道のりは、基本的に上記の表(河合塾 Kei-Netより)の通りです。

奨学金の書類作成や試験、面接が、エッセイの期間と重なるため大変でした。

 

【日本の大学受験対策】

(英語)

ネイティブの先生による授業を受けることができたので、英語力を維持・向上させることができて、均衡バイリンガルに育ちました。息子は中2のおわりにTOEFL107/120レベルに達し、既に英検1級も合格していました。それにも関わらず、模試の英語の成績は決して飛び抜けた成績ではありませんでした。英語を英語のまま理解しており、理解していることを日本語で表現する場合などの技巧的な訓練をしていないので、どうしても得点が伸びなかったのだと思います。

それで、学校の授業とは関係なく大学入試の2次試験を意識して、帰国子女に国内大英語対策を指導した経験がある講師の個別指導を受けました。1〜2週間に1回、1回2時間の指導を、高校1年の冬から半年間実施したおかげで、その後は順調に点数を取ることが出来ました。高校3年時は、同級生に英語の問題について質問を受け、それに答えることを受験対策にしていたようです。

(その他の教科)

学校の授業時間が国内大対策の中心でした。数学は、海外大の対策の空き時間にひたすら問題を解き、古文・漢文はやや苦手だったので名門会の週1回、2時間だけ充てていました。海外大の課題提出(1月初め)が終わった後は、現代国語や世界史なども名門会で直前対策を短期間にお願いしました。

海外大学進学担当の先生、海外大学進学塾のアドバイザーからは、2学期は国内大学受験対策には手が回らないので、高校3年1学期までに終え、模試では確実にA判定を取っておくこと。2学期最後の模試の判定は確実に落ちる、とアドバイスを受けていました。

2学期は国内大学対策には手が回らないと聞いていても、私は俄かに信じることが出来ず、“そうは言っても多少の時間はあるだろう”と呑気に構えていましたが、アドバイスの通りでした。2学期に入ると、海外大学進学塾でのエッセイ指導の頻度が増えます。10月になると2日に1回、11月初旬のEarly Actionの出願直前の1週間は毎日、最後の2日間は学校を休み、泊まりの用意をして行きました。海外大学進学塾から自宅まで離れていたので、息子は出願直前までは2日に1回の頻度で通っていましたが、都内から通う生徒は毎日通っていました。海外大学進学塾からの帰りは終電、時にはそれを過ぎることもありました。帰宅後も海外にいる指導者からの添削指導があり、結局、早朝4時くらいまで起きていました。出願の際は2学期までのGPAも提出しなければならないので、学校の授業やテストも疎かにできず、欠席もそんなにできません。普段、息子は自転車通学でしたが、2学期だけは、私が朝は車で学校に送り、夜は海外大学進学塾まで迎えに行っていました。

大晦日の深夜にRegular Decision出願後は国内大学対策に移行しました。アドバイスの通り、国内大学対策は1学期までにA判定をとっていましたが、2学期後半の模試では思いっきりC判定。覚悟はしていたので、ショックを通り越して清々しく思えました。とは言え数カ月のブランクを取り戻す必要があり、とにかく国内大学の受験勉強に集中しました。

途中でRegular Decisionに出願した大学の面接、センター試験の後にインフルエンザに罹患などがありましたが、きっちりと睡眠をとって、学校の自習室や家で最後の追い込みをしていました。

このように、高校3年は海外大学出願対策に多くの時間を取られ、特に2学期は国内大学の対策をする余裕がほとんどありませんでした。英語の国内大学入試対策を、時間的にも精神的にも比較的余裕のある高校2年までに終わらせておいて本当に良かったと思っています。

国内・海外併願することで一浪も覚悟してましたが、結果として国内大も海外大も合格できたのは、英語のアドバンテージを持ちそれを伸ばしたこともありますが、息子が中1から部活の後も毎日2時間コツコツと勉強しつづけ、最後まで自分のペースでよく頑張ったのだと思います。
SAT、TOEFL、推薦状、エッセイ、奨学金(書類作成・試験・面接)の対策、対応の時期が重なりますが、親ができることは、ごく僅かで、心身の健康管理と神頼みがメインでした。

そんな母の心配を尻目に息子は最後の最後まで高校生活を楽しんでいました。。1学期の体育祭はもちろん2学期の文化祭もハジケていたし、学校の休み時間にはバスケやドッジボールを最後まで楽しんでいました。息子は気分転換と言っていたけれど。母はハラハラ(勉強して欲しいのではなく、仮眠でもとってくれないかなぁ、と思って)してました。

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