東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode151】中学・高校生 様々な経験

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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小学生の頃は学校の様子を事細かに母に話してくれたのに、だんだん減っていき、聞いても最低限のことしか教えてくれなくなった息子。会話しても「あー」とか「うん」の返事のみで、母の話をしっかり聞いているのかすら怪しい。“寂しいけれど、そんなお年頃だから仕方ない”と諦めてた。そんなことより、私の胸の内は別のことでモヤモヤしてました。
インターに通っていた頃の息子は、クラスのリーダー的存在。Student councilにも立候補して選ばれ、活動していました。どんな小さなことでもインターの先生は褒め称えてくれる。息子にはそれがとても合っていたようで、褒められ煽てられると、ちょっと難しいことでも挑戦することを躊躇うことなんてなかった。もちろん先生方も要所要所でサポートしてくれ、良い結果が出ると皆が息子を褒めてくれるので、さらに頑張っちゃう・・・、そんな好循環で息子は活き活きとインター生活を送ってた。
ところが中学生になった途端、先頭に立って何かをやるようなことを一切しなくなったのよね。とにかく野球部第一。それ以外は野球部の活動に差し障りのない範囲で適当に・・・感が溢れていた。もちろんこの年齢になると、家庭で見せる表情と学校で見せる表情が違うことも解っていたし、休み時間には弾けるような笑顔でドッジボールやバスケをして、学校生活そのものは充実していることもわかってたんだけど・・・。
息子の視野まで狭くなっているようで、私としてはとても不満?でした。学校で勉強をし、休み時間には友人と運動や会話をし、放課後は部活。帰宅してからは食事・お風呂・学習。ほとんど毎日がこの繰り返し。中高生はこんな感じかもしれない。実際、私の中高時代もそんなものだったから。でも私が送っていた学生時代と同じで良いのかなあ?しかも息子は生徒会やボランティア活動について「面倒くさい」のひと言で片付けるようになってたんだよね。親との言葉のキャッチボールが煩わしくて「面倒くさい」で一蹴したというよりも、“どうして自分の時間や労力を割いて、しんどいことをわざわざしなくちゃいけないの?”という息子の気持ちが透けて見えるような言い方で、これはショックだったなぁ。
集団の先頭に立ち、自分だけではなく人のために時間と労力を割いていたインター時代の息子とは違い、今や集団の真ん中で、どこに向かっているのか解らないまま、それでも楽だし、ただ自分がやりたいことだけ邪魔されなければ良いという感じで、その場所に居続けようとしてた感じ。息子のそういうところがずっと気になってたんだよね。
唯一息子のインター時代の表情を彷彿させたのは、中学2年の夏休みに参加した「創造性の育成塾」の合宿。全国から選ばれた中学2年生 約40名が、ノーベル賞受賞者をはじめ、優れた科学者や気鋭の先生方による講義や実験の授業を受けられる1週間程度の夏合宿。選抜されたこともだけど、合宿から帰ってきた息子の表情が活き活きとしているのが嬉しかった。合宿の様子も進んで話してくれて、この調子で学校以外のことにも視野が広がってくれたらなぁ・・・、と思ってた。でも、新学期が始まると以前の生活に逆戻り。確かに“成績が維持できていれば良いんじゃない?”という気持ちもないわけではなかったけど、また私のモヤモヤ生活が再開だよ。

息子が通う学校では、高校生になると夏休みに海外大学の学生寮に宿泊しながら様々な体験をするリーダーシップ養成プログラムがあって、これに参加すれば息子の視野も広がってくれるのでは?と期待するものの、どう考えても夏休みの部活を犠牲にしてまで息子が乗り気になるとは思えなかった。実際「創造性の育成塾」の合宿も当初は部活を休んで参加することには渋い顔をしてたので。中学3年の大会を最後に中学の野球部は一旦引退となり、高校に上がってから高校の部活をすることになっていたので、中学3年の夏休みが丸々空いている。思い切って、ここに海外大のサマープログラムを当ててみてはどうか?と息子に提案したら、意外にも「うん」と即答。余程「創造性の育成塾」が良い経験になったみたいね。
早速、息子と一緒にアメリカの大学のサマープログラムを検索。ところが14歳では条件を満たしておらず、どのプログラムにも参加ができない。やっぱり来年の学校の海外大学プログラムを待つしかないのか・・・、と諦めかけたところに、夫が「他の国の大学のサマープログラムも確認してみたら?」と声をかけてくれた。イギリスだと参加できることがわかり、さらに調べるとオックスフォード大学で息子が興味を持つプログラム(まさにリーダーシップコース)があったので、早速申込み。学校にその時点の成績表を作成してもらい、TOEFLを受験して、一緒に提出し、後日Skypで面接をして参加を許されました。
「創造性の育成塾」に参加し、世界で活躍する講師の先生と間近に接し、凄い同学年の生徒と過ごした息子は翌年のオックスフォード大学でのサマープログラムで同年代の高校生や優秀な大学生と英語で交流・学習することで、今度は世界中にはもっと凄い同年代が存在すること、日本語ではおおよそ掴むことのできない情報が溢れていることを目の当たりにしたんじゃないかな?
中学3年夏休み前までは野球部の活動に明け暮れる毎日で、学校外のことなど全く興味がない様子だったけど、このサマープログラムから戻り、夏休みが明けるとすぐに模擬国連に関わるように。それ以降の息子の課外活動は校内・校外を問わず、そして日本語・英語も問わず、極めて多方面にわたるようになりました。

ひとつの活動が終わっても、或いはその活動を通じて、次の活動参加への声がかかるようになったのも課外活動が多方面にわたるようになった理由のひとつ。学校内でも同級生だけではなく、上級生・下級生、先生から声がかかるし、他校の生徒からも声をかけていただく機会がグッと増えたんだよね。模擬国連の最後の大会は下級生とペアを組んだし、同級生と出場した算数オリンピックは数学の先生から声をかけられた。息子が「むっちゃハードだったけど、むっちゃ楽しかったよ」と言ってたThe Global Enterprise Challengeは他校の知人から「誰かいい人いない?」と聞かれた模擬国連部の先輩が、息子を推薦してくれて出場することになった。このThe Global Enterprise Challengeは学校の掲示板にも掲示されてなかったし、先輩を通じて話が来なかったら、知らないままだったんじゃないかな?

海外大学進学を考える場合、課外活動がクローズアップされて、「王道」と呼ばれる課外活動に目先が利く生徒が群がって“量産化モード”に入ることを揶揄されることがあるけれど、とっかかりは王道系でもいいんじゃないかな?王道系にいくつか参加してみて、そこで興味があることを見つけて自分だけの道をひたすら突き進むのも超アリだし、息子のように次から次に声をかけられ、興味あることに関わることもアリだと思うから。

だから、息子の学校内・外の活動については、「それはやるな」とか「こっちの方がいいんじゃない」とかは一切言わなかった。ただ、とっても楽しそうにしてたから(もちろん準備等は大変そうだったけど、やりたいことをしてたから「大変」と言いつつ、充実している感じが伝わってきましたよ)、私は息子が羨ましくて仕方がなかったよ。

そして、いま改めてしみじみと思うことは、本当に小学生のうちにバイリンガル教育をしていて良かったということ。英語ができると、日本だけではなく、世界中のプログラムに参加できるから!加えて、英語ができることで、早くからネットの上では国境を全く意識することなく、世界の情報をダイレクトに受け取って、広い視野で意見を言うようになり、そして高校2年生の時は1年に5回も海外渡航(夫より多かった!)して、息子の視界は更に世界に広がり、リアルでも国境を意識することは無くなっていったと思うな。

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