東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode147】6年生 日本の小学校に転校しました

 
この記事を書いている人 - WRITER -
2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
詳しいプロフィールはこちら

毎月書いていた育児日記を書かなく(書けなく)なったので、これからは記憶を頼りに4コマ漫画&コメントをしていきます。そもそも、育児日記を書かなく(書けなく)なった理由は・・・、中学受験を見据えて息子が進学塾に通い始め、とっても忙しくなったから。我が家の中学受験については次回のEpisodeでコメントしますね。

 Middle SchoolGrade6に進級して半年後の3月末に息子は通っていたインターを辞め、4月の新学期からは公立小学校に通いました。2歳頃から約10年間続いたインター生活は遂にお終い。クラスメイトとのお別れに落ち込むかな?と思っていたけれど、2年生からインターが夏休み期間に通っていたし、所属していた野球チームのメンバー沢山もいるので、新たにスタートする日本の公立小学校での生活を楽しみにする気持ちの方が強かったみたい。

一方、私は・・・。習得した英語を維持できるか?とっても不安でした。多くのインターでそうだと思うんだけど、息子が通っていたインターでは、小学校入学のタイミングで多くの日本人がインターから日本の小学校に転校していたの。インターを辞めても、個人的に交流が続いていたり、インターのフェスティバルに遊びに来てくれたりして、近況を報告しあってたんだけど、ひとりを除く全てのママさんが「英語がすっかり消えた」「あっという間に英語を話せなくなった」などと茫然自失気味に話すのを戦々恐々としながら聞いていた。一番ショックだったのは、アメリカで産まれ、現地の幼稚園に通い、4歳で帰国してKindergartenの時に息子と同級生だったHiroくん(両親は日本人)が、小学3年生の時にアメリカに遊びに行き、駐在してた頃のお友達と久しぶりに再会した時に、英語が出てこなかったと聞かされたこと。やっとの思いで英語が出てきたと思ったら、今度は相手に全く通じず、何度も何度も聞き返されたそう。これにはHiroくんママも驚いたけれど、本人が一番ショックを受けたようで、かなり落ち込んでしまったらしい。息子が通っていたインターは九州(地方)なので、首都圏のインターと違って、そもそも駐在経験のある日本人がほとんどおらず、息子の同級生ではHiroくんだけだった。小学校入学のタイミングでインターを去って日本の小学校に通った多くの日本人生徒は、我が家と同じように海外経験のない子。そんな生徒と違って、帰国子女のHiroくんはある程度しっかり英語で思考できてたと思うのよね。それなのに、“英語が出てこなかった”“相手に通じなかった”なんて・・・。そういえば、小学生時代(小2~小5)をアラスカ州アンカレッジで過ごした帰国子女である劇団ひとりさんが、帰国後、英語の維持のために英語学校に行かせようとする母親に対し「こんなに英語をペラペラ話せるのに、忘れるわけないじゃん」と言って、英語学校に通うのを断固拒否したことを、大人になって後悔している。ほとんど残ってない・・・、と語っているのをテレビで見たのはこの頃だった。海外にいた時期と期間は違うけれど、Hiroくんもこんな感じだったのかな?アメリカに遊びに行く前は、英語に関して全く不安を持たず、実際当時のお友達と再会して話を始めると、相手が話している内容も理解できたのに、自分の言いたいことが英語で出てこない。焦れば焦るほど頭が真っ白になったらしく、聞いている私も他人事とはとても思えなくて、思わず胸がチクチクしまった。“パパもママも英語でコミュニケーションが充分できるHiroくんがそんな状態なのに、英語が苦手な親を持つ息子がインターを辞めてどうやって英語を維持していくの?”って不安で仕方なかった。息子をインターに通わせることに積極的だった夫が、英語が定着すると言われるGrade4くらいから、日本の小学校に転校するタイミングを計っていたのも気に食わない。夫はリサーチして、「英語が定着するのは9〜10歳だからもう大丈夫」ってしきりに言ってきたけれど、信用できるもんか!インターの“調べ・考え・まとめて・発表する”アクティブ・ラーニングはとても良かったし、何より息子がインターに楽しく通っていたので、この頃は私の方が積極的にインターを続けたいと思っていた。いろんな思いがあったけれど、当初から中学・高校は日本の学校と夫婦で決めていたし、中学受験をする可能性が出てきたこと、小2からインターの夏休み期間中に通い慣れていたこと、などから中学進学のタイミングではなく、小6の新学期から日本の小学校に通った方が、息子のストレスも少なく、スムーズに移行できると判断し、そのようにしたんだよね。

それで英語の維持はどうしかたというと・・・。英語が通じなかったことにショック受けたHiroくんは、週に1回ネイティブの先生とマンツーマンのレッスンを始めた。インターを辞めて日本の小学校に入学した多くの生徒が、英語を維持できないなか、ひとりだけなんとか維持していた子もマンツーマンで英語のレッスンをしていたので、これがキーになるかな?と当時は漠然と考えていた。息子はインターを辞めて日本の小学校に通いだした小6の4月から6月までは、英検1級取得のために、週に1回近所の英会話スクールでマンツーマンレッスンを受けていたけれど、英検1級を取得後は完全に中学受験にシフトしてしまった。対応が必要だとわかっていながら、実際は何もできなかったのよね。勉強の息抜きに、日本語/英語の本を読んではいたけれど、それもかなり冊数は減っていたかな。4教科+英語で中学受験をすると思ってなかったから、4教科に集中したんだけど、もし英語でも受験するとわかってたら、少なくとも英会話スクールには通い続けたかも。中学受験には出遅れた感があったので、精神的にも時間的にもそんな余裕は皆無に等しかったけど、当時はオンラインレッスンはなかったからなぁ。今ならオンラインでマンツーマンだな。それも同じ方にお願いする。時差はあるけど、オンラインだから息子と話が合う方を世界中から探すことができる。毎回少しずつレベルアップする会話をしてもらう。特に学校の授業でやった内容を息子が英語で話すことを膨らましてもらえると良いな。それと、息子が英語で書いた日記等の文章の添削をお願いすると思う。海外のホームスクールプログラムも活用できると思うけれど、昼間は日本の小学校に通っているので、帰宅後の時間も限られているし、第一英語を使うインセンティブがなくなった子を誘導するのはかなり大変だろうなぁ。「ホームスクールの活用」「オンラインレッスン」「年齢相当レベルの読書」「英語で日記を書いて添削してもらう」・・・、言うは易し、これができないから幼稚園や低学年でインターを辞めた子は、それまでに習得した英語を向上させることはおろか、維持することすら難しいんだろうなぁ・・・。

新たに始まった日本の小学校生活は・・・、2年生から5年生までずっと女性の先生だったけれど、6年生の担任の先生は男性。しかもこの小学校の卒業生。新学期が始まってすぐ学級委員長選出があったけれど、なんとまぁ、息子は立候補して選ばれてしまった。いくら毎年通っていたとはいえ、ほとんど転校生に近い立場で学級委員長に立候補するなんて、「これだからインター育ちは・・・」と思われてたかもね。多分、インターでリーダーシップを強く意識していた息子は、夏休み期間中に通っていた4年間、ずっと学級委員長の座を狙っていたんだと思う。通い始める6月下旬には学級委員長は既に決まっているから、それまでは立候補したくてもできなくて臍を噛む思いだったんだろうな。

家庭訪問の際に、「◯◯(息子の名前)が指名した副委員長は、大人しくて目立たないけれど、人が見ている、見ていないに拘らず、コツコツと物事をやっていく女子生徒です。◯◯(息子の名前)くんが彼女を選んだのには驚きました」と唸りながら仰っていたのが印象的だったので、家庭訪問後に副委員長の指名理由を息子に聞いてみた。「去年同じクラスだったけれど、なんか副委員長はその子がいいと思って・・・」だって。担任の先生が仰った理由で指名したかは分からないけど、自分を客観視して、足りない部分をサポートしてもらいながら、クラスを盛り上げていこうと思ったのかな?

私にとっても初の家庭訪問だったので、さすがに緊張したけど、1年生からこの小学校に通っているみたいに馴染んでいること、特に給食の時は毎回おかわりを希望する生徒同士でのジャンケン争奪戦に参加していると聞いて、予想していたことではあるけれど、冷や汗が止まらなかったよ。ただ、「英語の授業が始まる前にALTの先生と英語でやり取りをしている息子の姿にクラス全員が感化され、その後の英語の授業がとても盛り上がります。みんな恥ずかしがらずに英語で発言するようになりました」という話を聞いてとてもホッとした。息子の英語をからかったり、小馬鹿にしたりするのではなく、「僕も(私も)頑張ろう」と思ってくれる素直で優しい同級生で良かったよ。大丈夫だとは思っていたけど、一抹の不安がなかったわけではないので、とにかく日本の小学校にスムーズに移行できたようで何より。学級委員長として、小学校最後の学年を盛り上げて行って欲しいな、と思ってました。

最後になったけど・・・、「2年生からインターが夏休み中に日本の公立小学校に通わせていた」ことや、「6年生から日本の小学校に転校させた」ことについて触れると「息子さんは日本の小学校に慣れましたか?」とよく聞かれるんだけど、この質問には心底ガッカリしてしまう。いきなり放り込まれて慣れるわけないじゃん。そうなることは誰でも予想できるから、Kindergartenの頃から地元小学校の生徒が多く通うスイミング・体操教室・音楽教室に通わせたり、公民館でのイベントに参加するなどして同級生と交流する機会を多く作り、いざ小学校に通うことになった時にクラスに知ってる子がいる状態を作ってたんだぞ!息子はほとんど行き渋ることはなかったけれど、1年目に行き渋って通えなかったとしても、2年目以降もチャレンジするつもりだったし、そのためのサポートは何でもしようと思ってた。だって、うちは遅くとも中学までには日本の学校に通わせようと夫婦で決めていたから。その時になって息子が困ることのないように、いろいろ考えて行動するのが、息子が何も判断できない2歳からプリスクール・インターに通わせた夫や私の責任だと思ってた。息子に早期英語教育をしたのは、将来の選択肢を広げるためであって、日本で生きづらくなるなんて選択肢が狭くなるようなことは絶対にあってはならないこと。インターから日本の小学校に変わるってことは、息子を取り巻く環境が激変するだけではなく、言語も変わってしまう。だから、家庭では日本語のサポートもしていた。早期英語を始めるにあたって、そして始めてからも夫は周りの帰国子女の方にいろいろ聞いて、バックアッププラン持ちつつ進めていた。もし夫が海外赴任の可能性があったなら、うちは可能であれば息子をインターに入れて、せめて言葉の壁だけでも予め取り除いておいてやりたいと思ってたもの。自分達がやっていることは、息子の成長、性格や人格にまで影響を及ぼしかねないと常に意識していたぞ!

「息子さんは日本の小学校に慣れましたか?」ではなく「日本の小学校に慣れるようにどのようなことをしましたか?」と聞いていただけると前向きな意見交換ができるんじゃないかなぁ、と思うのですよ。

 

この記事を書いている人 - WRITER -
2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
詳しいプロフィールはこちら

Copyright© バイリンガル子育て 実践と記録 , 2022 All Rights Reserved.