東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

【Episode116】7歳10ヶ月 日本の小学校に初登校

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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初登校の前に短時間だけど教室で自己紹介をしていた息子【Episode114参照】。インターの転校、オーストラリアの小学校に通うなど、「初めまして」の世界にさほど緊張する様子もなく飛び込んでいけた息子が、珍しく前日から「緊張する〜」と不安そうにしていた。教室に入って挨拶した途端、同級生から矢継ぎ早に質問されて、少し戸惑ったみたいだけど、帰り道で「ビックリしたけれど、なんとかやっていけそう」と言っていたので、安心していた。ところが、当日緊張していたのは息子よりも私の方だったみたい。下駄箱でバイバイする時に、間違って息子のクラスの隣りの教室を指差してしまった。息子は、雰囲気でなんか違う?と感じ、教室の扉の上についているクラスの表示を確認。教室を間違えたと知って、強張った表情のまま自分の教室に移動していた。う〜ん、息子の方が冷静だなぁ。ゴメンよ息子!

「楽しかった」とニコニコしながら帰宅した息子が話してくれたのはその日の給食のメニュー。その後も息子の口から出るのは、休み時間に何をして遊んだかとか、体育の時間にどんなことをしたかで、授業や勉強に関することは私の方から聞かない限り答えてくれなかったけど、初日から楽しかったなら上出来だよ。翌日からは、集団登校(5人ほどのグループ)に。お友達と合流すると、ふざけたり会話に夢中になって、止まっては歩き、歩いては止まる、でちっとも前に進んでいない。これで遅刻せずに学校に到着するのだろうか?とか前を見ないで歩くから車にひかれないないかしら?なんて毎朝心配してしてた。息子のいるグループは後ろから歩いてきた他の子供達にどんどん追い越されてたし(まるで水戸黄門オープニングの歌)、下校の時も然り。息子が通う小学校は家から10分もあれば着く。小学校に通い始めてまだ2日目だというのに、帰宅に1時間半もかかってしまった。不思議に思って「○○(息子の名前) あなた今日学校から帰ってくるのに1時間半かかっとうとよ。何しよったと?」と尋ねると、「えっ?そげんかかったと?帰る途中、大学の塀のところでお友達といろいろ相談しよったと」とニヤニヤ。2日目にして顔つきがガキンチョになったぞ!それ以降も下校中の子供達の声が部屋まで聞こえて、あぁ、子供達が帰ってきたなぁと思っても、息子が家に着くのはそれから20分以上経ってから。いつも下校の集団の最後尾で帰ってくる。しかも息子のグループはいつもうるさいの。ちょうど「3の倍数と3がつくページだけアホになります」の“世界のナベアツ”が子どもワールドを席捲していて、ひたすら「1、2、さぁ~ん!」って叫びながら帰ってくるので、近所迷惑といったらありゃしない。1週間ほど経った頃には、先生からの連絡帳に“○○(息子の名前)は前から学校にいたみたいですと書かれていた。確かに、最初の週末にはたまたま父兄参観があって、休み時間の息子の様子を見ていたら、博多弁丸出しで同級生とおふざけしてたもの。東京に住んでいた頃は、息子には一応頑張って標準語で話かけていたんだけど、九州に戻ってからはすっかり博多弁になってしまった私。息子に博多弁をしっかり教えておいてよかった・・・、違うな、博多弁しか話せないんだよ私。

息子が3歳の頃、東京から夫婦の故郷である九州に引越し・転校をした際、それまで東京で通っていたインターナショナルスクールのお友達と唐突にお別れをしたこと、九州のインターナショナルスクールのサマースクールでの日本語環境に戸惑い、なかなか馴染めなかったこと、単身赴任をする夫と離れて暮らすことになったこと等、大きな環境の変化に息子の心も身体も追いつかなくて、普段は呑気な私が「これはまずい」と本気で頭を抱える程、息子の様子がおかしくなったことがある。その時に息子の話し相手(遊び相手)になってくれてのが、英語を話すひとつ上の学年の生徒の存在(Episode48・49参照)。この時に、「これから息子は親からどんどん離れていくと同時に家族以外の人との関わり、特に同じ年頃の子ども達との関わりが増えていくだろう。英語でコミュニケーションをとるお友達も日本語でコミュニケーションをとるお友達もどちらも大事」と考え、近所のスイミングスクールや体操教室、音楽教室に通うことにした。その時の私は先のことまで見てなかったんだけど、これが本当に良かった。それらお稽古事の生徒のほとんどが、息子が通うことになった小学校に進学したので、息子が2年生から5年生までインターが夏休み期間に通った際も、必ずクラスにはスイミングスクールや体操教室、音楽教室のお友達がいた。特に体操教室のお友達は初めて日本の小学校に通ったこの年、同じクラスで、集団登校のグループも一緒。ママ同士も繋がっていたので、初めに話した初登校の前の自己紹介の日も、この体操教室のお友達があらかじめクラスの子に息子のことを話してくれていたし、2日目以降は毎日家に迎えに来てくれたの。毎年インターの夏休みが近くなると、その子のママが「そろそろだね。いつからくるの?」と私に聞いてくれ、「○月○日からよ」と伝えると、息子君にも伝えてくれるので、クラスが変わっても、毎年登校初日からピンポーンって迎えに来てくれた。クラスが違うとホームルームが終わる時間も微妙に違うんだけどお互い待ってて、ほぼ毎日下校も一緒。息子はインターと同じように、日本の公立小学校生活を楽しんでいたけれど、毎年登校初日は、ちょっと気が重い感じで・・・。そりゃそうだよね、新学期が始まって3ヶ月も経てば、クラスのグループ分けもされているだろうし、そんな中に「僕 このクラスの仲間です」って入っていくのは、さすがに気後れしちゃうと思うよ。だけど、毎年登校初日に体操教室のお友達が迎えに来てくれたから、息子も登校できたんだよね。気が進まなくても、初日の壁を越えれば2日目からは、前日までの浮かない表情が嘘のように明るくなって、学校に通っていたもの。

あと、住んでいたのが、公務員宿舎や会社の寮・社宅の多い地域ということもあり、通った小学校は4月の新学期には生徒の約半数が入れ替わっていた。先生・生徒が「新入りさん」に慣れていたので、入っていく息子の心理的負担も少しは軽減されたかもしれないな?

いずれにしても、息子も頑張ったけど、小さい頃から仲良くしていた体操教室のお友達が毎日迎えに来てくれて一緒に登校してくれたことが、息子の頑張りを後押ししてくれたと思うので、彼には息子も私も足を向けて寝られないよぉ。

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