東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

父の視点① 早期英語教育に取り組んだ背景

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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子供が2歳になって幼稚園に行かせようと思った時、「今やって、将来役に立つこと」は何かを考えた。インターナショナルのプリスクールの存在を知って、「これだ!」思った。
実は、バブルのど真ん中で学生~就職した私は、バブル崩壊の後の1995年4月に円が1ドル=80円割れの高値をつけた時に、戦後から続いた日本の成長神話は終わり、「日本人であるだけで幸せだった時代=経済成長と円高は終わった」と思った。これからは日本の相対的な優位性は失われていく。将来結婚して子供が生まれたら、子供には「日本を脱出できる選択肢を与えたい」と思っていたのだ。

また、このころの私の勤務先では、英語ができる社員は今ほど多くなく、ある種の特別な存在だった。その多くは「社費留学、海外勤務」などで養成された社員であり、その後、徐々に帰国子女や英語の得意な新入社員が入社してきていた。しかし、いずれの社員も英語を使って外国人と仕事はするものの、プライベートでは進んで外国人と接している風ではなかった。これを見て、わが子が社会人になる頃には、単に英語で意思疎通や仕事ができるだけでなく、進んで外国人のコミュニティーに入っていくことができるレベルのグローバル人材が求められ、日本を脱出できる選択肢とはそういう能力を持つことだと思った。
そのためには「日本の教育制度に則って、中学生から英語を“外国語”として学び、将来留学して英語力を伸ばしコミュニケーション力をつける」というのではなく、「子供の内に英語を“第2言語”として習得してバイリンガルになり、子供の時から様々な英語の情報に触れ、彼らの価値観、文化も理解し、共感する」ようになってほしいと思った。当時、「日本人なら誰もがサザエさんが解るように、彼らの共有の価値観を理解しているようになって欲しい」と言っていたのを覚えている。このような考えを実現するために、インターナショナルスクールを選択した。
次は「いつまでインターに通わせるか」だ。幼少期に海外に住んでいて英語がペラペラだったのに、帰国後大きくなった時には何も覚えていないという話はよく聞いた。ここでの論点は、何歳までインターに通い続ければバイリンガルの英語が定着するかであり、当時それは9歳~10歳と聞いていたので、少なくともその年齢まではインターに通わせたいと思っていた。
一方、あくまでも目指しているのは「バイリンガルであり、海外の価値観にも共感できる日本人」に育って欲しかったので、中・高までずっとインターに通わせ続ける気はなかった。

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