東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

我が家の学習環境

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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幼児期:子供目線での誘導と知ることが楽しいと思える環境作り

・いろいろなことに興味持つよう誘導子供が興味持ったら更に追求していく

・足し算や引き算の概念を遊びながら教えた。乗物や食べることが好きだったので、これらに関連づけて教えるととても上手くいった。

 例)カットしたリンゴで足し算・引き算・分数の概念。

 例)バスに出会う度に行先を聞いてきた。私が教えると息子はその場で私が答えた行先とバスの行先掲示・系統番号を確認して一回で覚えてしまい、次に同じ行先のバスを見かけたら、私に質問せずにバスの行先掲示をチェックして正しい行先を言えるようになっていた。

・息子はよく「これなぁんだ?」と尋ねてきた。必ずその場で答えてあげた。

・「今日はなんにち?」や「今何時?」の質問には、必ずカレンダーでその日を指で指したり、おもちゃの時計で針を動かして答え、視覚からの情報も大事にした。またこちらからも「昨日はなんにち?」とか「あと30分経ったら何時?」などと質問したりして遊んでいた。

・知ることの楽しさを感じられるよう意識した。特に息子は褒められると育つタイプだったので、分からないことを質問し、得た知識を応用して私や主人に話してくれた。そうしたときに褒めたり、こちらから「教えて 教えて」と言うと、とても嬉しそうにしていた。

 例)行先を示す道路標識。漢字で書いてある行先の下にはローマ字での表記。何度か質問するうちにローマ字を読めば漢字で何と書いてあるかが分かった息子は、自分で標識を見ながら道案内をしてくれるようになった。

小学生の頃:伴走型のサポート

・本棚や息子の学習机はリビングにあり、息子の部屋はベッドと衣服しか置いてなかった。よって1日の大半をリビングで家族と過ごすことになった。

息子も私も学習面のみならず、学校のこと、友達とのことなど、いろいろな会話をいつでもできる環境だった。

・私は息子が学校に行っているあいだに家事のほとんどを済ませ、夕飯も作って、温めれば(炒めれば・揚げれば)良いだけにしておき、息子が帰宅してから就寝するまでは、息子のサポートを優先してできるようにしていた。

・家庭での学習は小学校から受け取った教科書を基準に進めて行った。先取りはせず、息子の理解度を確認しながら中途半端な状態で先に進むことのないように丁寧に進めた。

・家庭での学習サポート確認ため、塾の公開テスト定期的に受け、間違えた所とその関連分野のやり直し。

・中学年以降になると学習内容に多少の違いが出てきた。息子が内容をきちんと理解しているか、英語と日本語での学習で混乱してないか一つひとつ確認し、その都度、間違いを訂正・修正していった。

 例)分数は、英語では分子・分母の順に言うことから、分子と分母を逆に書くなど混乱し、正しく理解できずにいた。「よんぶんのさん」と声に出しながら分数を書かせる等しながら、しつこいくらい日本語の分数を反復して学習。

 例)公開テストでは国語の問題で「主語」という意味が分からなくて、監督の先生に聞いたりした。

・分からないことは必ず調べた。小さい頃は図鑑や辞書の使い方を教えてながら一緒に調べていたが、成長に伴い自分で調べるようになった。

中学生以降:自分で計画・実行。親はアンテナを高くして見守り

・運動部に入ったので、帰宅後は必ず2時間机に向かうことを決めた。

・スケジュール帳を利用し、学校の行事、休日の部活の練習や試合、その他の活動等と学習計画を立てるようになった。

1週間分の学習計画を日曜日に立てて、スケジュール帳に書いていた。

・急な予定変更や、疲れて勉強できない時は、その都度スケジュール帳も変更し、学習時間が削られることのないようにしていた。例えば翌日の朝早く起きて、前日に確保できなかった分の学習をしたり、週末にまわしたりしていた。

・親は息子の自主性を重んじた。考察や模試の結果は必ず確認した。

・考察や模試に成績が芳しくない時は、何が原因でどう対策をするのかを息子と確認し合った。この時に息子のスケジュール帳で学習時間や学習内容を確認するかこともできた。

・それでも成績が改善しない場合(各教科毎と全教科の偏差値で基準を設けていた)は次の考査まで部活を休部するというルールを作っていた。実際休部したこともある

・リビングでの学習は続いていたが、さすがに高校3年生の時は自室で勉強をしていた。

・英語の宿題や海外大学の情報収集等でパソコンの利用頻度も格段に増えた。高校生になると息子専用のパソコンも購入したが、やはり使用はリビング限定だった。こちらも高校3年生の時は自室で利用することなった。

・親と距離を置きたい時期でもあるので、基本的には息子の自主性(スケジュール作りと実行)を大事にしながら、要所はきちんと監督(リビングでの学習・考査や模試の成績確認と目標に届かなかった時の休部)できるようにした。

「楽しみながら誘導伴走型サポート息子の自主性を見守る」と推移していきました。勿論いきなり次のステップに移行するのではなく、その先を見据えて少しずつ順番を踏みながら対応していました。

小学校高学年〜高校生は親が手取り足取り指示したり、先回りをするのではなく、息子が自分で決めたこと実行結果を出すことが彼の自信や、次の目標設定に繋がったようです。親の誘導で決まったことも勿論ありますが、その場合も「親が決めた・指示した」ことではなく、息子が「自分で決めた」ことにするように誘導するようにしていました。

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