東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

中学受験を振り返って

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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我が家では、受験すること自体を積極的に肯定。「学力向上」と「年相応のプレッシャーを乗り越える成長の機会」と前向きに捉えていました。ちなみに夫は中学・高校・大学(2回)と何回も?受験しています。

息子はインターに通っているので、中学受験に関しては多少不利かもしれないけれど、英語のアドバンテージがあるので、高校入試では圧倒的に有利だろうくらいに考えていました。実際、高校受験をターゲットにして、地元の教育大学の附属中学を受験するよう息子を誘導していました。3年生くらいの時に息子と自転車で出かけて、附属中学の校舎を眺めて帰ったこともあります。

家庭での日本語のサポートが上手くいっているか?息子の学習面でのレベルチェック等を目的に、低学年のうちから塾の公開テストは受けていました。息子は日本の学校の授業を受けていないので学習面は多少劣るだろうと思っていたのに、多少のムラはあるものの、総じて好成績を出していました。

高学年になる頃には日本の小学校に転校させるタイミングを見計らっていたので、日本の授業に慣れさせることを主たる目的に5年生から塾に通うようになりました。1番上のクラスで大きな負担も感じることもなく、クラスの他の生徒とも楽しく学習をしていました。既に模試では志望していた地元の教育大学附属中学は常にA判定。そうなると親としてはムクムクと欲が出てきました。夫が卒業した私立一貫校を勧めてみると「お父さん超えたい」と日頃から言っていた息子のやる気にスイッチが入りました。ところが模試でその私立一貫校を第一志望にしてもA判定。だったら、更に上をと考え、もっと難しい学校を志望校にしました。それに伴って息子は6年生に進級する直前の春休みから進学塾へ通い始めました。

入塾テストを経て、最初は中レベルのクラスからスタート。それまで通っていた塾は授業が楽しく、宿題も生徒が自分で取り組むのにちょうど良い内容と量だったのに対し、1クラスの生徒も増えて緊張感のある授業、宿題は内容もさることながら到底出来そうもない量を毎回どっさり持ち帰るようになりました。

せっかく自分でコントロールしながら学習習慣を身につけてきたのに、この宿題の出し方では親の管理も必要になってしまいました。

前の塾で1番上のクラスにいたのだから、新しい進学塾の入塾テストでも、そこそこの成績で上位クラスに入れるだろうと思っていたのに、結果は中レベルのクラス。進学塾は学校よりも先に進んでいたのでやや出遅れ感があるものの、これには家族全員ショックを受け、春休みの家族旅行はキャンセル、夫と息子はマンションのコミュニティルーム(ホワイトボードがあった)にこもって算数の特訓をすることになりました。

進学塾に通い始めたことで、いきなりトップギアに入れた状態となり、そこから中学入試が終わるまでは、その状態のまま走り続けた印象です。とは言え、一方で6月までは英検1級の試験対策もしていました。

塾の終了時間は21時過ぎ、帰宅して食事、入浴等をするとあっという間に23時を過ぎます。そこから復習や宿題をすると、当然就寝時間は24時を過ぎます。朝起きて、学校に行くまでの時間も学習に当てていました。塾のない日も大量の宿題があるので、結局睡眠時間は塾に通う日と変わりませんでした。

ただ学校でお友達と遊ぶことがこの時期の息子の唯一の息抜きになっていたので、絶対に「学校を休む」とは言わなかったし、学校の宿題も全て自分で取り組んで期限内に提出していました。

1学期の間に塾のクラスが上がって夏休み直前には最上位クラスに上がることができました。2学期以降はクラスが固定されてしまうので、夏休みは算数をしっかりやって実力を伸ばす機会にし、クラス固定の直前のテストでなんとか最上位クラスの更に上に設けられた他教室からも参加する特設の最難関クラスに入ることができました。

難関中学の入試は算数で差がつくので、それからも秋の終わりくらいまでは算数中心に難問にも取り組んで実力をつけたかったのですが、算数以外の教科、特に社会の大量のプリントが毎回宿題として配布されました(しかも同じような問題ばかり)。夫は業を煮やして、面談の際に「今の時期は算数にしっかり取り組むべき」と主張したら、なんとその先生も同じ見解。にもかかわらず、到底終わるはずのない量のプリントを配られる。本当に辟易としていました。社会の先生は何をかんがえていたのだろうか?

最難関クラスのほとんどの生徒がそうであったように、息子は算数を優先して、社会の宿題プリントはできる範囲しかやらずに授業に臨んでいました。ある日社会の先生が授業後に宿題をやらなかった生徒(含息子)にお説教、「お前たちにはもうプリントはやらない」と言って生徒を残したまま教室を去ってしまいました。夫が面談した先生が間に入って、社会の先生から宿題プリントを受け取り、生徒に配ろうとしたのですが、1人の生徒が「どうせやらないから」と受け取りを拒否しました。まだまだ6年生と思っていたのですが、最難関クラスともなると何を優先して学習すべきか?学習に対しての自分のやり方をしっかり持っているのだな、と感心しました(息子は社会の先生お説教に泣いてしまいましたが)

家庭の事情もあり、母子で長く九州にいましたが、中学からは息子の教育環境を考慮、首都圏に戻ることにしました。それに伴って冬休み前に首都圏の学校に志望校を変更し、進学しました。

とにかく約10ヶ月は怒涛の日々でした。トップレベルの中学を受験するのであれば、遅くとも5年生の夏休み位から進学塾に通っていた方がもう少し余裕があったかも、と今では思います。ただもっと前から通塾させた方が良かったとは全く思っていません。「3年生から塾に通わせた方が良いと塾の担当者に言われたから、あなたもそうした方が良いわよ」とママ友からのアドバイスもありました。確かに最難関クラスには低学年から通塾してきた生徒もいましたし、その中で特に優秀な生徒は5年生から1年上の最難関クラスに入って、6年生でもう一回同じことする子がいました。現在大学生の息子は、振り返って自分がどんなに頑張っても敵わないと思ったのは、この子だと言っています。家庭の方針もあるのでしょうが、本当に優秀なのでそこまでしなくても普通に合格できただろうし、人より先に進んでも2年同じことをする位なら、子供が興味を持つ他のことをさせた方が良いと思います。息子は、ソフトボールもピアノもそしてインターもと、受験と直接関係がないいろんな経験をしていました。

「高校受験」という夫の思惑は外れてしまいましたが、英語がアドバンテージであることは想定通りで、中高6年間は受験勉強以外の部活や様々な学校外活動にしっかり取り組む余裕がありました。また、中高一貫校で高校受験がないので中学3年の夏休みを有意義に過ごすことができました(イギリスのオックスフォード大学でのサマープログラム参加)。小学校の時と同じように、早くから予備校に行くこともなく、学校の授業や行事もしっかり取り組みながら、海外大学出願に向けての情報収集や試験対策、課外活動にも時間を割くことも可能でした。 

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