東大・海外大学(HYP)合格・「日本語も英語も」のためにやったこと

「そろばん(算数)」編(2020年11月改訂)

 
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2歳の息子をプリスクールに通わせることになった母。息子がセミリンガルにならないよう、「日本語も英語も」育てるために意識してやっていたこと、当時は意識してやっていなかったけれど、今になって“やって良かった”と実感していることを書いています。
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算数について 担当:父

算数は「日本語で」理解させた。インターナショナル・スクールに通わせているので、ダブル・リミティッドのリスクを認識し、「算数は論理思考で、一定の言語能力が必要」ということを理解していた。従って、母語である日本語で論理=算数が理解できるように、家庭で意識して日本語を伸ばしていった。(読み書き参照)

また、算数は一つひとつのステップを100%完全に理解して次に進まないと、先々で躓いてしまうと理解していた。

結論として、我が家では算数を①日本語で理解させ②日本語の発達にあわせて余裕をもって学年通り進め、先取りをさせなかった。それは、言語能力・思考力の発達と理解すべき算数の論理は、教科書通りにやれば一致していると理解しているからだ。

子供の中には、言語能力や思考力が標準より早くから発達し、年齢よりも先取りしても理解できる子供がいる。しかし、その子は早熟だから先取りできるのであって、先取りをしたから能力が上がったわけではないし、少々先取りしてもその内に追い付かれてしまう。
たとえ無理をして計算ドリルだけできるようになっても、論理を完全に理解していなければ、ゲームをやっているのと同じ。文章題の意味が解らず問題が解けないというのは、読解力の問題ではなく、計算ドリルの問題を機械的に解くことしか身に付いておらず、論理が理解できていないのではないだろうか?

また、計算・処理速度という点で、暗算・筆算は早くできることに越したことはないが、現代社会においては「求められている能力」ではなくなった。そろばんを習わなくなったのと同じで、計算ドリルも程々でいいのではないかと思っている。それは算数・数学の目的が、「早く・正確に計算できること」ではなくなり、「論理的に考える力を養うこと」になったのだと思う。(社会にでればPCソフトのみで電卓すら使わない。いつになったら日本でもアメリカのように、試験で関数電卓を使っていいようになるのだろうか?)

我が家の算数は具体的には、
息子が小学校の年齢になって、日本のカリキュラムに合わせて、決して極端な先取りはせず、対象年齢通りに進めた。新学期には教科書を受け取り、教科書の単元通りに参考書→問題集をやった。息子が100%と理解していることが大事なので、時には同一単元の参考書や問題集を複数用意し、いろいろな問題を組み合わせながら「漏れ」のないようにした。また問題を解き終わった後は答えが合っていても必ず解説を読んで、息子の解き方と違っていたら解説の解き方でもう一度解かせた。問題を解く時は途中経過も必ず書くようにした。

分数は、英語では分子→分母の順に言うことから、分子と分母を逆に書くなど混乱した時期もあった。「よんぶんのさん」と声に出しながら分数を書かせる等しながら、しつこいくらい日本語の分数を反復して学習した。

インターでは、キンダーの時に分数の概念を教えるなど日本のカリキュラムと全く異なっていたので、インターで先に教わることも多かったようだ。算数は「家で・日本語で」と言いつつも、「インターで・英語で」も理解してようだ。

ただ、息子は算数に関しては、ほとんど自分一人で教科書と参考書で基本を理解し、問題集を解きながら理解を深めることができてやっていた。教科書や参考書を読んで理解できるレベルの国語力は身に付いていたようだ。勿論、中学受験となるとそうはいかない。某超難関校の図形、特に立体図形の過去問題は大人でも手を焼くレベルで、進学塾で難問に四苦八苦しながらもしっかりと取り組んでいた。

中学に入ってからは、この小学校の時の算数の勉強法(自分で参考書→問題集、解き直し)が身に付いたので中高の間、予備校に通うことはなかった。

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